スポンサーサイト

  • 2015.10.30 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    メープルシロップ

    • 2015.01.09 Friday
    • 09:18
    昔むかし、まだ世界が新しかった時のことです。 
    ギッチー・マニトゥ㊟はなんでも人々が暮らし易いように、楽なようにと作ってくれました。
    狩猟には獲物がたくさんいましたし、天気はいつも気持ち良く晴れていて、楓の木は濃い甘いシロップに満ちていました。メープル・シロップを欲しいときはいつでも楓の木の枝先をちょっと折ってそこから滴り落ちるシロップを集めればいいのです。
    ある日マナボゾー㊟は『友達のアニシナベ族㊟がどうしているか見てこようか…』

    といいながら散歩に出ました。そしてインデアン達の村に行ってみると、誰もいません。マナボゾーは廻りを捜しました。湖で釣りをしているのかと思ったのですが、湖には誰もいません。畑を耕しているかと畑に行ってみましたが、そこにも誰もいません。苺を採りに行っているかと思ったのですが、誰も苺など集めてはいませんでした。みんなは村の近くの、楓の林に集まっていました。林の中の地面に仰向けに寝て、口を大きく開けて、楓の枝先から滴り落ちるシロップを舐めていたのです。
    『何たること!』 とマナボゾーは言いました。 『こんなことでは、みんなデブの怠け者になってしまうだけだ』
    マナボゾーは木の皮で作ったバケツを持って川に行きました。そしてバケツに何杯もの水を運んできて、楓の木に登りそのてっぺんから水を注ぎ込みました。濃いシロップは薄められて、わずかに甘さが判る程度の水っぽい樹液になってしまいました。
    『今後はずうーっとこれで行く。』とマナボゾーは言いました。『もうシロップは木から直接取れないぞ。水っぽい樹液だけだ。シロップを欲しかったらバケツに何杯もの樹液を集めなきゃならん。薪を集めて火を焚かなきゃならん。石をその火の中で焼いて、木の幹をくり抜いた桶に溜めた樹液に、煮立つまで何度も何度も入れなきゃならん。わずかなシロップを取るために長い時間働くのだ。そうすればデブで怠け者にはならないし、ギッチー・マニトゥが彼等のために作ってくれたメープル・シロップをもっと有り難く思うだろう。』
    『それだけではない。樹液が取れるのは一年のうちのある期間だけと決めよう。そうすれば、狩や釣りや、苺集めや、畑を耕すことを怠けなくなるだろう。今後はずうーっとこれで行く。』とマナボゾーは言い、今も続いているのです。(インデァンの民話) 

    ㊟ ギッチー・マニトゥはThe Great Spirit、インデアンの神様。
    マナボゾーはOld man、爺ちゃん。ギッチー・マニトゥに仕え、特別な能力をもつ。 
    アニシナベ族は俗にオジブェ族とかチパワ族とか呼ばれる部族の昔の名称。 


     にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ
    にほんブログ村

    白いトリリァムとインディアンの絵筆

    • 2015.01.08 Thursday
    • 12:18

       
    インディアンの神様ギッチー・マニトゥが世界を創造したばかりの頃は、世界には色というものがなく何もかもが真っ白でした。

    物を創る時にはただ有益なだけではなく美しく創ることもギッチー・マニトゥのモットーでしたから、真新しい塗り絵のような世界をより彩り良くするために絵の具を塗ったのです。

    ギッチー・マニトゥは初め動物たちを塗りました。主として茶色と灰色を使いましたが、黒とか赤も所々に使い、感じのいい彩りに仕上げていきました。この動物たちはただ役に立つだけでなく眼に美しいものとしても創られたのです。ただ、冬が来て木々が裸になったとき危険から身を隠すことができなくなるため、何種類かの動物たちには、冬には元来の白い色にもどることを許してあります。

    木々も初めは真っ白だったのです。ギッチー・マニトゥは木々や草には緑色を使いました。ときには黄色やだいだい色も使ったので、これが濃淡のある緑とうまく映り合い、草や木も単に役立つだけでなく眼の疲れを慰める美しいものになりました。

    花々には思いつく限りの色を使いました。ギッチー・マニトゥは花を塗るのにその色彩感覚の良さを充分に発揮したのです。でも、ギッチー・マニトゥは数限りなくある花々を全部塗り終えることができませんでした。
    それはそれはたくさんの花がありましたし、花は一番後回しにしたので花を塗り終える頃にはギッチー・マニトゥは考える力もない程に疲れ切っていました。絵の具もほとんど使い果たし、絵の具壷の底にはほんの少し赤い絵の具が残るだけになっていました。
    この赤い絵の具はトリリァムを塗るために取っておいたのですが、いくつも塗らないうちにすっかり無くなってしまったのです。そういうわけで赤いトリリァムは少ししかありませんし、春に森の中で見かけるトリリァムのほとんどはギッチー・マニトゥが世界を創造した頃のままの真っ白なのです。
    絵の具
    をすっかり使い果たしたとき、ッチー・マニトゥは性根尽き果てて赤い絵の具の付いたままの絵筆をほっぽり投げて休息を取りました。この絵筆は飛んでいって地面につきささり花になりました。ですからインデァンの絵筆と言う花はッチー・マニトゥが一番最後に創った花なのです。(インデァンの民話から)





     にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ
    にほんブログ村

    空飛ぶカヌー

    • 2015.01.07 Wednesday
    • 12:28
     それは、ある大晦日の夕暮れのことです。森の奥の、とある樵小屋で何人かの樵たちは家が恋しくなっていました。開拓時代の農夫たちは、冬になるとこうして森の奥へ樵として出稼ぎに出たものですが、一緒に暮らしていた家族と別れ、森の奥で朝は暗いうちに仕事に出かけ、夜は暗くなってからやっと小屋にもどって来るという男ばかりの毎日ですから大晦日でなくても寂しいのです。家族や恋人たちのこと、そして大晦日の年に一度のパーティーのことなど考え無性に家に帰りたくなっていました。でも、どうやって今日のうちに家に帰り着けるでしょう。村からこの森の奥の樵小屋に来るのに三日も四日もかけて歩かなければならなかったではありませんか。

    今からこの雪の中を歩いて、今夜の楽しい行事に間に合うわけがありません。
     
    fluganta kanuo

    そこへ樵たちの気持ちをかぎつけたのか突然悪魔が現れてこんな提案をしました。
    『今夜のうちに家に帰らせてあげるョ。条件付きだけど。』 
    悪魔は罵言を聞くのが大嫌いでした。たいていの罵言というものは宗教的な言葉から出ているもので、忌まわしい言葉と神聖な言葉の組み合わせであることが多いのです。悪魔が嫌いなのはその神聖な部分でした。
    『24時
    間罵言を口にしないと約束するなら、「空飛ぶカヌー」を出してあげるョ』 
    樵たちは『お安い御用!』と思いました。そこで、軽い気持ちで悪魔と約束をしてみんなで空飛ぶカヌーに乗り込んだのです。カヌーはスイスイと空を飛び、あっという間に村に着いてしまいました。 
    なんというパーティー。踊ったり、歌ったり、食べたり飲んだりのドンチャン騒ぎ。それは楽しい大晦日でした。 
    気がつくともう森に帰る時間になっています。家族や恋人たちに別れを告げカヌーに乗り込み飛び立ちましたが、みな酔っ払っているもので、カヌーの舵を取るために誰が一番しらふかと口論を始めたのです。口論はらちがあきません。しまいには悪魔との約束を忘れてしまい、一人の樵が罵りはじめました。ハッと気付いた時はもう遅く悪魔はそれを聞いてしまったのです。 
    『教訓を与
    えてやれ!』とばかりに悪魔はカヌーを持ち上げひっくり返してしまったので、樵たちはみんな森の木立の中に落ちてしまいました。さいわい木が繁茂していたので枝にひっかかり大きなケガはしませんでしたが、樵たちはコリゴリし、生涯罵言は吐かないと肝に銘じて誓ったということです。
    (ケベック州の民話)

     
    にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ
    にほんブログ村

    PR

    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << April 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM