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  • 2015.10.30 Friday

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    芥子色のキリン

    • 2015.10.30 Friday
    • 04:10

    その日を思い出すと何故か秋だったと言う気がする。もちろん秋である筈がない。何故ならその日は卒業式だったのだから。

    早春の農村風景は見渡す限り黄色っぽい田圃が広がり、その向こうに藁屋根の農家が幾つか見える。その景色は何時も見ている当たり前の景色なのに、その日の私には酷くみすぼらしく侘しい景色に思えた。

    私は肩をすぼめ、ひとりぼっちで、そんな景色の中を歩いていた、何時もなら級友の誰かが一緒なのに。

    私が歩いている村道に沿って、田圃に水を引くための小さな水路があった。季節により水量は増えたり減ったりする水路で、農事のまだ始まっていない早春は雪解け水が所々に溜まっている程度だ。その水溜まりは泥水だった。私は立ち止まり、手に持っていた小さな芥子色の縫いぐるみのキリンをその泥水めがけて放り込んだ。どす黒いような感情が胸に満ちていた。心からの信頼を裏切られた失望は15才の胸には負担過ぎる。あの日が秋だったような気がするのは、そんな感情が理由かもしれない。

    有り合わせの芥子色の端布を見つけ、小さな縫いぐるみを作った。卒業の記念に、私はその人に上げたかったから。首の短い手の中に入る程の愛らしい縫いぐるみだった。

    私の差し出す縫いぐるみのキリンを見ようともせず、もちろん受け取るつもりは無く、その人は吐き出す様に言ったのだ。

    「男に惚れられる様にな、、、」

    惚れると言う言葉の意味さえ朧にしか理解していない15才の私は唖然とした。その言葉は酷く汚らわしくおぞましい響きを持っていた。その言葉がその人の口から出て来た瞬間、私の偶像は音を立てて地に落ち瓦礫と化した。そしてきびすを返して去って行くその人の後ろ姿の何と不潔に思えた事か。信頼が一瞬にして侮蔑に代わったのだった。

    成人するにつれて、私はその人の教育者としての資格をも疑う様になった。「ありがとう」と一言言えば済む事ではないか。ついでに「元気で頑張るんだぞ」とでも付け加えたら、何を頑張るのか不明でもそんな事はどうでも良い。少女は気分も晴れ晴れと、早春の光を満喫しただろう。

    その人は私の学級担任教師、そして私の憧れの人だった。自分が私の憧れの的だと言うことを感じていたのだろう、学年末頃には極端に私との接触を避けていた。例えば、生徒たちの進路を決めるための面接、と言うものがあって、担任教師は順番に一人一人の生徒たちの相談に乗ってやる時間だ。放課後二人、三人と指名し、その子たちは残って順番を待っていた。出席簿順に呼ばれていたから、今日は私もその中の一人だと思っていた日、私をオミットして次の子を呼んだのだ。一通りみんなが終わると又出席簿の最初から始まる。しかし私は一度も招かれなかったのだ。忘れたのではない、故意に避けていたのだ。私は進学する事に決まっていたからだろう、とも思ったが、他の進学を決めていた子たちは招かれていたから、やはり故意に避けていたとしか考えられない。

    思春期の15才の少女の憧れは、夢のような儚い、淡いものである。私には何ら特別魂胆がある訳でもなかった。

    今にして思うが、その人は私が彼に恋をしていると自惚れていたのだろう。その人には許嫁が居たけれど、私は彼女に嫉妬を感じた事などない。と言うことは恋とは言えない感情だったのだ。

    その後その人に会う機会は無く、私も人並みに大人になり生涯の愛を得て、外国で暮らしていた。あの日から30年位は経っていたろうか。ある年、私の帰省を機に昔の級友たちが同期会を計画してくれた。あの当時クラスは三つあったので、その三人の担任教師たちも招いてあった。外国暮らしの私を物珍しく思う気持ちもあったのだろうが、かなりの元級友たちが集ってくれた。が、二人の他の担任教師達は亊情が悪く欠席、出席したのはその人一人だけだった。

    懐かしげに笑顔を見せてその人は私に挨拶した。私はその挨拶を素直には受け入れられず、冷淡に頭を軽く下げただけだった。何故あのように冷たく振る舞えるのか、と思える程に冷たい私自身の態度に、私自身がびっくりした程だった。あの日の事、あのおぞましい響きのある言葉、それは私の心の片隅の何処かに潜んでいる。あの芥子色の愛らしいキリンへの不憫な思いも蘇った。でも、その人はすっかり忘れていたのだろう。私の冷淡な態度が遠い昔の思い出をたぐり寄せたのかもしれなかった。

    当然会話など弾む訳は無く、その人も居心地が悪かったのだろう、間もなく座を立った。挨拶もなくひっそりとその場を去ったのだ。私はその時、小さな小さな勝利を感じた。何の値打ちも無い勝利ではあったけれど、幾許かの溜飲を下げた思いが胸に満ちた。

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